「あの二〇二〇年の春を境にして、まあみんな生きてるだけでよかったよね、みたいなことになって、もう誰も難しいことは考えなくなってしまったのだ」
ひさびさに新聞に触る。
9月26日、朝日新聞の朝刊に寄稿された川上未映子さんの小説を読んだ。
米ニューヨーク・タイムズ紙から「なぜアートは大切か」をテーマにした作品のオファーを受け書いたという。

生きてるだけでいい。生きてるだけで幸せだ。
春頃は、テレビやインターネットで新型コロナウイルスの猛威を知るたびに、確かにそう思っていた。そして夏になると、放たれた矢のように僕たちは動き始めた。

新型コロナウイルスの流行が収まらないまま迎えた秋。
前を向くことは、言葉で言うほど簡単ではないと思う。
あのとき、あれほど憤っていたことも、嘆いていたことも、時間が経つにつれ、諦めのような感情に吸収されてしまった。
嫌な思いは今もあるけれど、結局は忘れていくんだろう。
こうやって書くことで、記憶をとどめておく。忘れないために。