映像クリエイターとしてスタートしたのは47歳のとき。しかも実績ゼロからいきなり起業した安井さん。創業4年目を迎え事業は軌道に乗りつつあるが、ここに至るまではさまざまな苦労があった。そんな安井さんにクリエイターになったきっかけや現在の活動、今後の目標について伺った。
株式会社angenic
大学卒業後の2年間、SEとして働いていた安井さんに、ある日、転機が訪れる。建材店を経営していた父親が癌で余命半年と告げられ、急遽、店を継ぐことになった。会社に入ってみたものの、工務店の社長や職人相手の営業は想像以上に厳しかった。「得意先に訪問しても相手にされず徐々にモチベーションは低下。建築業界自体が不況の中、競合他社との価格競争により得意先を奪われて売上は下降の一途をたどり、9年後には廃業することになった。
廃業後は物流会社でサラリーマンを経験した後、アメリカの大学でMBAを取得するために英語の勉強を始めたが、それと同時に賃貸マンション建設の構想も練っており、結果、MBA留学を中止、マンション建設に専念することに。銀行融資を受けるための事業計画書作成から、建築士と協力して設計プラン作成、設備の選定、施工監理に至るまで細かく携わるなど、忙しくも充実した日々を過ごしていた。しかし、完成後の管理は専門業者にまかせたため、何もすることがない毎日が続く。家賃収入で生活には困らなかったが空虚感に襲われ、精神的に辛い日々を送る。悩んでいたところ、知り合いに「しばらく海外に行って気分転換したら」とアドバイスされた。「旅行に出かけるだけではなく記録に残したい」と思い立ち、生まれて初めてカメラを購入してYouTubeで動画の撮影・編集技術を学んだ。 「ヨーロッパを中心に約1ヶ月をかけて回り、海外の風景や街の様子を撮影し、帰国して1ヶ月間、編集にあてるという日々を1年間繰り返しました。合計30ケ国近くを回りましたね。その町の観光スポットや魅力を凝縮させて、3分ほどのプロモーション映像を作るんです。それを繰り返すうちに自然とスキルが上がっていきました」。しかし、それはあくまでも趣味の世界。仕事にするとは考えてもみなかったという。そんなある日、南港に遊びに来たときにATCでODPの起業相談会のポスターを見つけフラッと立ち寄ってみた。経営のイロハを教えてもらえる塾のようなものかなと思って話を聞いてみると、クリエイターとして起業をめざしている人の相談に乗っているとのこと。話をしているうちに、今まで趣味としてやってきた撮影・編集が今度は仕事として誰かの役に役立てられるんじゃないかという気持ちが芽生えてきた。そして本格的に撮影・編集技術を学ぶために映像学校に通い、その後2019年2月に映像制作会社を立ち上げてODPに入所した。
趣味でしか動画を制作したことがなく、実績がないところからのスタート。1年目はODPのオンラインプレゼンや、さまざまな交流会に参加してPRするが、なかなか仕事にはつながらない。「このままでは、やばい」と思いながらも、どのようにすればいいのか分からなかったという。「1年目の受注はODPから紹介された案件1件のみで年商は8万円でした。成果報告会では”来年は頑張ります”としか言えませんでした」。 そんな1年目の自分自身に歯がゆさを感じて一念発起し、2年目は動画やWEB関連の展示会に注力。チラシを制作して展示会で配布したところ、徐々に受注を獲得していった。「チラシを制作する過程で自分の強みを棚卸ししているうちに、効果的にアピールする方法が見えてきました」。そうしてさまざまな展示会に出展したところ、毎回1件以上は新規案件を獲得。大手メーカーとの直接取引きにも成功する。 建材店時代は営業で苦労した安井さんが変わった要因は、どこにあるのだろう。「年齢を重ねてトーク術を身につけたのもあるかもしれませんが、私は映像のことを話すのが楽しくて仕方なかったんです。そして来場された方々も話を聞いてくれる雰囲気があって、良い結果につながっています」。
こうして受注した案件を制作していく過程で、安井さんが心がけていることは何だろうか。「クライアントとコミュニケーションを密に取ることを重視しています。まずはヒアリングに時間をかけ、クライアントが伝えたいことや思いを十二分に理解することを心がけています。また完成に近い形まで仕上げてクライアントにチェックしてもらうのではなく、たとえば冒頭1~2分のイメージが出来た段階で、一度、確認してもらっています。完成した状態で見せると、『ここまで仕上げてくれたんだから』と遠慮して言いたいことが言えなくなり、納得のいかないものが出来上がってしまうと思うのです。制作途中でも頻繁に連絡を取るなどクライアントと二人三脚で作り上げています」。
安井さんがこの仕事を始めたのは47歳とスタートは遅く、しかも実績ゼロで新しいことを始めることに不安はなかったのだろうか。「ODPで初めて相談したときに、これだ!と思いましたし、時代は動画にシフトしていたので何とかなると思っていました。現実はそんなに甘くなく年齢の壁を感じたこともありますが、人生経験を積んだからこそできたこともあるのではないでしょうか。たとえば人の話に耳を傾け、思いをくみ取る力などが、そうなのかもしれません。さまざまな経験をしてきたからこそ、今の仕事につながっていると思います」。
このように活動の幅を広げている安井さんの将来の夢は、世界中を旅してその町のプロモーションムービーを作ること。「以前ヨーロッパを旅したときに数十本のプロモーション動画を作りました。世界にはまだまだ魅力ある町がたくさんあるので、それを映像にして多くの人に届けたいです。有名な町もいいですけど、どちらかと言えば小さな町でそこに住む人々の笑顔や町の魅力を映像におさめたいですね。また、仕事では、ストーリー性のあるプロモーション動画を制作していきたいです。たとえばドローンを飛ばすなど、いろいろなものを駆使しながら。その会社や商品の魅力や思いを伝え、見ている人の心揺さぶる映像を撮りたいです。」50歳を前にしながらも、まだ若手のような勢いで走る映像クリエイター安井さんの挑戦は始まったばかりだ。