経営戦略の革新からブランド構築、新規事業開発、クリエイティブ制作まで総合デザイン経営プロデュースを支援する合同会社mano。ODPに入所後、法人化し、現在は京町堀にあるオフィスで多様なプロジェクトを展開している。創業期を支えたODPでの経験は、今も事業の土台にある。その原点とこれからの展望を語った。
合同会社mano
西川 将史さん/淺田 依里さん
現在のオフィスは京町堀。以前はカメラマンスタジオだった空間には小さなキッチンも備わり、仲間が集い、ちょっとした検証実験もできる場所となっている。「近くに参考にして教えを請える会社もあり、京町堀って面白いなって。それに気づけたのも、ODPで独立クリエイターの生き方や可能性を見てきたから」
そう語る西川将史(CEO)と淺田依里(COO)が出会ったのは、前職のブランディング会社「株式会社TCD」。ここに至るまでの西川さんの経歴はなかなかドラマチックだ。高校卒業後、ビリヤードのプロを目指しながら家電量販店のセールスやソフトウェアメーカーでITビジネスの基本を学ぶ。夢が断たれた後は大学に進学し、臨床心理や芸術療法などを専攻。また母の影響で写真に触れ、「昼はカメラマンとして働き、夜はMBAが取得可能なデザイン系の専門職大学院に通う日々でした」。TCDには大学時代の恩師の紹介で入社。これまでの経歴を「面白い」と門戸を開いてくれたという。そこで出会ったのが、大学で映像を学び、広告写真スタジオで10年のキャリアを持つ淺田さんだった。
manoの原型が生まれたのは2018年。「もっと自由にクリエイターとコラボしたい」と考え、デザイナーやシステムエンジニアとともに副業ユニットを立ち上げた。だがその後、西川さんが体調を崩す。緑内障が悪化し、身体に支障が出たことをきっかけに退職を決意。折り悪く新型コロナウイルスが猛威を振るいはじめた頃だった。フリーでの仕事を続けるため、拠点を探していたところ、ふとODPを思い出す。仕事を続けるためにオフィスを探していた時、かつて訪問したODPの記憶が蘇った。
「連絡すると担当者がとても親身に話を聞いてくれた」。淺田さんも「ちょうどユニットで活動する場所がほしかった時期で」と振り返る。「独立したばかりで、ユニットも大切だけど、まずは自分の仕事を立て直さなきゃならない。だから仕事の付加価値を客観的に考えてくれる相手を必要としていた。淺田はもともと準公的な場所を希望しており、その点でも行政が運営し、インキュベーションマネージャー(IM)が在籍するODPが魅力的に映ったんです」(西川さん)。
2020年4月、西川さんは個人事業主として始動し、9月にODPに入所。その後、淺田さんが合流して合同会社manoを設立する。以降、さまざまなプロジェクトを立ち上げ、クリエイターとのコラボや新たな人との出会いを広げていった。ちなみにODPを退所したのは、クライアントから情報保守関係の厳しいセキュリティが求められたからで、「この問題がなければ、ずっとお世話になりたかった」(西川さん)ほど、ODPには深い愛着を持っていた。
入所して感じたのは、唯一無二の場所だということ。何かに迷ったとき、すぐに相談できる環境がある。「中小企業診断士の資格を持つIMが実例をもとに的確なアドバイスをくれる。クリエイター同士もドアをノックすれば、同じような悩みを共有している人がいて、教えてくれたり、一緒に考えたりすることができた。こちらも逆に教えることもあった。「あの“ノックひとつで届く距離感”は未知のもの。社会に出てからはなかなかこんなフラットな関係ってつくれない」(淺田さん)。
経理についてもODPで本格的に学んだ。自分たち以外にも経理経験のない入居者が多く、IMの働きかけで勉強会が開催された。逆に自分たちがクリエイティブ業界のことをスタッフに教えたこともある。
そんな環境を淺田さんは「学校ぽい」と表現する。「同級生も先輩、後輩もいて、職員室(事務局)には仲の良い先生もいる(笑)、フリースクールのような場所」。西川さんも「雑談の中で気軽に仕事のことを話せる仲間ができた。ピア・ラーニングとか、学びあい文化がありましたね」と振り返る。
ODPに在籍したのはデザイナーズオフィスも含めて4年弱。その間にクリエイターだけでなく、講師を務めていたプロデューサーともつながり、今もその関係を続けている。なかでも印象深いのは、ブンボ株式会社の江副直樹さんと情熱の学校のエサキヨシノリさん。「出会った時はセミナーの講師、今となってはお友だち」。
2020年12月に開催された講座はコロナ禍のため、江副さんは大分・日田からリモートで登壇。終了後のオンライン飲み会で話すうち「日田いいですね」から「おいでよ」という流れに。「せっかく行くなら話のネタになる企画を考えよう」と、訪問前にセミナーで取り上げられた場所を巡った。
実際会えば「言葉の魔術師である江副さんとつながって、考えを聞く機会がほしい」と考えるように。これが毎年恒例の「日田詣で」となり、日田という町がmanoにとっての第二、第三の拠点となった。
いっぽうエサキさんとの出会いは2021年春のセミナーだった。講座冒頭から「この人、何者!?」と思うほどの熱量とエンターテインメント性に圧倒されたという。語られたのは、クリエイティブ業界を取り巻くマクロな視点と構造。TCD時代に自分たちが体感していたことと重なりつつも、それを独立クリエイター向けに再構築していたことに驚いた。
「エサキさんの話は、中小企業の経営者をどう光り輝かせるかという視点で貫かれていて、話を聞くと社会の見え方が変わる」と西川さん。両者からは、「プロデューサーとしてゼロイチの企画をやるなら、本質的な課題を一撃で狙え」といった教えを受けた。独立したばかりのタイミングで“本質の見極め方”を教えてもらえたことが今の仕事に活きているという。
manoの事業に一貫して流れているのが「人とのつながり」を重視する姿勢。多様なクリエイターたちをつなぎ、異なる専門性や発想を掛け合わせることで、ネットワークを育ててきた。西川さんはその関係性を「家族の拡張」だと表現する。
「一緒に働くメンバーはファミリーとしてとらえていて。気心の知れた友人であると同時に、その人たちの暮らしや人生まで考え、預かるつもりで関係を築きたい」。その上で、経済的も成り立たせる。きちんとマネタイズできなければ、理想だけで終わってしまう。“この人とは家族になれない”と思う人とは仕事をしないとも。
独立して良かったと実感するのは、得た売上を信頼できるクリエイターに託せるようになったこと。「顧客から与えられた付加価値は、信頼する人たちに還元していく」。それがmanoのスタイルであり、今後も続けていく考え方だ。
しかしそんな関係性を築くまでには、独自の見極めのプロセスがある。淺田さんは、気になる相手に対して“ストーキング期間”あると冗談めかす。「面白そうだなと思う人がいたら、YouTubeやSpotifyなど、発信しているメディアを徹底的にチェックする。直感が合っているかどうか、答え合わせする感じ」。そのうえで信頼に足ると感じてようやく、リアルな付き合いがはじまる。「ちゃんと話すための“ネタ集め”でもある。ちょっとコミュ障をこじらせた感はあるけど(笑)、これまで直感が外れたことはほとんどないですね」。
manoのチームビルディングは、ただ仲良くするだけではない。人を深く観察し、本気で信頼できるかどうか時間をかけて見極める。だからこそ、つながった先にある関係性は強く、事業としても長く続いていく。
クライアントに対しても真摯に向き合い、厚い信頼関係を築いてきた。そうした姿勢が、クローズドな世界である神社の扉も開けた。宮司によると、「manoさんは神社が大切にしている歴史や地域の特性を的確に読み解き、その物語を現代に紡ぎ直してくれる」と高く評価されている。授与品の制作に携わるだけでなく、来年の春祭りには神社でのファッションショー開催も予定している。
今後の展開について淺田さんは「各地を巡り、素晴らしい地域の魅力に出会い、目利きとしての力も養えた。今後はそうした“地域で出会ういいもの”を販売したいし、いずれは自分たちの商品もつくりたい」と語る。
「ただ売るだけでなく魅力や価値をつくり手に還元して、成長やビジネスが変化する機会をつくるお手伝いができれば。価値の再定義や、みんなが気づいていない付加価値の可視化はできるんじゃないかな」(西川さん)。今はそのための種蒔きの段階。多くの地域を訪ね、信頼できる仲間を増やし、興味を持った技術やアイデアは深掘りして。実り多き収穫の時を迎えるために、着実に歩みを進めている。
クリエイターズボイス公開日 : 2025.08.19
取材・文 : 町田 佳子 氏