DESIGNERS OFFICE
デザイナーズオフィス入所企業紹介

NISHINO PHOTO OFFICE

Creative Category

フォトグラファー

代表者名

西野 恭平

連絡先

CREATOR’S VOICE
クリエイターズボイス-
入所企業インタビュー

2017年にODPのインキュベーションオフィスに入所し、フリーランスとしてのキャリアをスタートさせた西野恭平さん。今年からデザイナーズオフィスに移動し、さらなる飛躍が期待される若手カメラマンだ。高校時代、写真や絵に興味を持ち美術大学を受験。卒業後、撮影アシスタントを経て、プロのカメラマンとして活躍するようになるまでには、さまざまな出会いがあった。「人に助けられてきたと思います」そう話す西野さんに、カメラマンを志した高校時代からプロとして独り立ちするまでを振り返ってもらった。

どんな出会いも経験も必ず意味がある。
決して前進を止めない貪欲さが成長の鍵

NISHINO PHOTO OFFICE 西野 恭平 氏

夢への道を阻んだ、世界的金融危機

西野さんがカメラの道に進むことを決めたのは高校3年生のとき。「当時、シルバーアクセサリーが好きだったので、ジュエリーデザイナーという仕事に興味がありました。その一方で警察官だったおじいちゃんの影響で警察官、もしくは同じく社会に貢献できる消防士もいいな、なんて考えていて。また、絵を描くのが好きで表現者になりたいという気持ちもありました。ただ、絵で食べていくのはかなり厳しいということがわかっていたので、写真なら表現もできるし、職業としても成立するんじゃないか、といろいろ迷っていましたね」。 結局、これらの選択肢からカメラを選び、美大を受験することに決めた西野さんだったが、この時点で一度もカメラに触れたことがなかったという。しかし、美大受験には作品が必要になる。さっそくカメラを購入し、高校の写真部の先生に使い方を習い、不慣れなカメラを手に街へ出た。難波や心斎橋など都会の喧騒をフィルムに納め、その作品とともに受験に挑んだ結果、大阪芸術大学の写真学科に合格。 入学当初は絵を描くように、写真でなにかを表現したいと考えていた西野さんだったが、与えられた条件に沿ってライティングなど細かい設定をしながら撮影するスタジオ撮影の授業を通して、商業写真にも興味を持つようになった。そこで、卒業後は大手広告制作会社の撮影スタジオで働くことに。しかし、夢への第一歩を踏み出した西野さんの前に暗雲が立ち込める。リーマンショックだ。予想もしなかった大不況のため、すでに内定していたスタジオから取り消しの知らせが届いた。

学生時代の作品

引きこもりから現場で重宝されるアシスタントに

突然の出来事に意欲を失った西野さんは、卒業後の半年間、就職活動もせず自宅に引きこもるようになった。「仕事はカメラ関係と決めていましたが、何もする気が起きなくてずっと家にいましたね」。そんな西野さんに声をかけたのは芸大の先輩だった。アシスタントをしないかという誘いに、「できます!」と即答したものの現場経験はゼロ。延長コードをまともに巻くことすらできない状態で、「初日から怒られまくりました」と笑う。それでも定期的に現場に呼ばれ、さらにアシスタントを探している別のカメラマンを紹介されることも多くなり、いつしかアシスタント業で食べていけるほどになった。 アシスタントとして活動し、3年が経った頃にはある程度自信もつき、独立を視野に入れるようになった。少しずつフリーのカメラマンとして活動する準備をはじめたが、そう簡単にはいかなかったという。「ちょっと勘違いしちゃってたんだと思います」そう、西野さんは振り返る。

アシスタントからカメラマンへ。やっと踏み出せた第一歩

西野さんのいう「勘違い」とは、アシスタントでいくらできるようになっても、それは自身の写真が評価されたわけではないということ。また、フリーのカメラマンとして活躍するには現場だけではなく、提案力やクライアント獲得のための営業力など総合的な経験・スキルが必要なこと。これらを知らずに、「自分はできる」と思っていたことだ。 一足飛びに独立をするのではなく、まずはどこかに所属し、カメラマンとしての経験を積む必要があることに気がついたとき、西野さんはたまたま撮影に行った制作会社のスタジオで働かないかと声をかけられる。「ほんと、すごいタイミングでした。つくづく人に生かされているなあと思います」。しかし、少しでも早くカメラマンとして活動したいと思っていた西野さんは、「アシスタントとしても働くが、カメラマンとして撮影もさせて欲しい」と交渉。社長から、それなら作品を見せてほしいと言われたが、これまでアシスタントとして仕事をしてきたため「自分の作品」と呼べるものが十分になかった。1週間で作品づくりをし、希望した条件で入社することができたが、いざ撮影となると「内心ドキドキだった」という西野さん。それでも、アシスタント時代に積み上げた経験はある。「なんとかなる」と、少しの自信を胸にカメラマンとしての一歩を踏み出した。

人物作品
人物作品

カメラマンに求められるのは撮影技術とコミュニケーション力

入社後はなんとか撮影をこなし、少しずつ経験を積んでいったがうまくいかないこともあった。なかでも難しかったのは撮影よりもクライアントとのコミュニケーションだ。「いいものを作りたい」という一心から出た提案やアドバイスが、相手を怒らせてしまうこともあった。自分の想いがうまく伝わらず落ち込んだが、もっとお客様に喜んでいただきたいという気持ちを決して忘れることはなかった。一つひとつの経験を大切にし、どんなことでも学び、吸収していくことで入社から3年が経つ頃には、お客様とのコミュニケーションもスムーズになり、相手が求めているものを表現できるようになっていた。 西野さんは、カタログの商品撮影や学校案内、Webサイト用の撮影などさまざまな仕事を通して、カメラマンとして確実にステップアップをしていく。「いろいろな分野のプロが協力してつくって、その最後にシャッターを押すのが自分だというプレッシャーはありましたが、自分の頭で描いたものをみんなで共有して作り上げていくのはとても楽しかったし、いい経験になりました。」

「正解のない仕事」にもがきながら、カメラマンとして成長していく

入社時に「2年で独立します」と話していたという西野さんだが、実際に退社し、フリーのカメラマンになった時には入社から4年が経っていた。30歳を迎えた年には第二子を授かり、「ここで踏み出さないとズルズルと続けてしまう」と新たなスタートを切ったという。大阪市内に事務所を借りるか、自宅をオフィスとするか考えていたところ、最初にアシスタントに誘ってくれた大学時代の先輩に紹介された仕事でODPのインキュベーションオフィスの存在を知り、入所を決意する。ODPのオフィスにはフリーのカメラマンやデザイン会社も多く入所しており、営業方法や仕事の取り方を模索する中、ODP内の繋がりが仕事に発展することも少なくなかった。その他にも独立後は以前に現場で一緒になったスタイリストやアシスタントから声をかけられることも増え、独立から3年が経った今、カメラマンとして順調にキャリアを築いている西野さん。現在は、これまでの実績から学校案内やカタログの仕事が中心だが、ファッション分野へ仕事の幅を広げるべく、モデルを起用して自身の作品も撮り続けている。 「才能のあるカメラマンの作品を見たときは、今でも自分は本当にカメラマンに向いているのかと考えることもありますが、じゃあ、そこにいくためには自分に何が足りないのか、何をするべきなのかをとことん考えます。だからこそ、いただいた仕事は絶対に断りません。どんなことでも自分に成長につながると思うから。」

クリエイターズボイス公開日 : 2020年12月28日

取材・文 : 和谷尚美(N.Plus)