Cinergiaの3つの目標
ホームページ及びYouTubeに一部実績を掲載しております。
ホームページ:https://cinergia.co.jp/
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCe_og6KwNscnoE5_yO64OFA?view_as=subscriber
お客様の課題解決やブランディングに向けて、企画立案から映像制作までを一貫して行っております。また映像に限らず、グラフィックデザインや写真撮影、外国語翻訳(英語、ポルトガル)など様々なことを承っております。
合同会社Cinergia 吉村 昌哉 氏
沖縄に近い鹿児島の離島、徳之島で生まれ育った吉村さんが映像制作と出会ったのは高校の文化祭であった。小学生の頃から作文が得意。賞に出展されることもあったという。中学校の文化祭では芝居の脚本と演出を担当し、その楽しさを味わった。そして高校の文化祭で、映像を用いた出し物を手がけたことで映像制作の面白さに魅了されてしまったのである。卒業後は映像制作の専門学校に進学することを希望したが、両親からは大学に行くことを勧められて富山大学工学部へ。プログラミングなどを中心に勉強をし、それらの知識を活かしてIoTを扱う通信会社に就職した。しかし、毎日がサーバーやルーターの検証を繰り返し行う単調なものであり、そういった日々の中で思い出していたのは映像制作の楽しさだった。そこで、3年目からは働きながら映像制作の専門学校で学び、4年目に退職。25歳で映像制作会社に入社したのであった。
嶋田さんは、幼少の頃から美術や芸術が好きな両親に書道や日本画、焼き物、西洋絵画などの美術展や展覧会に連れて行かれることが多かった。作品の良さを理解することはできなかったが、そういった環境の中で本物の芸術に触れながら育った経験は後の嶋田さんに大きな影響を与えた。高校卒業後、京都嵯峨芸術大学メディアアート学科に進学。様々なデバイスを組み合わせてプログラムで動かすこと主に学んでいたが、卒業後に印象に残っていたのは、写真撮影とデザインの授業であった。それらをもっと深く学びたいと思い、映像制作の専門学校に入学したのである。そこで学んだ写真の先生から、嶋田さんは自分の能力について気づかされる。GoogleアースやGoogleマップで見ることができる世界中の写真からいいものを選んでフォトブックを作る課題で、「嶋田さんは写真の文脈を理解している。いい目を持っている」と、先生からその審美眼を賞賛されたのである。そして卒業後は、企業の商品開発とデザイン部署を経て、映像制作会社に入社したのであった。
ニーナさんが生まれたのは、ブラジルで最も歴史のあるバイーア州。6歳までブラジルで育ち、家族とともに日本へやってきた。小学生の頃にテレビの海外チャンネルで観たドラマで自由に演技をしている女優に感銘を受け、自分もこんな演技がしたいと女優をめざすことに。中学生の頃には、お母さんの勧めもあり、様々なジャンルの映画を見続けたことで、将来は映画を撮りたいという思いも持つようになった。日本で女優として活動することをめざしていたが、大学卒業後に思い立って、故郷であるブラジルで1年ほど働きながら旅をすることにした。その中で湧き上がってきたのは、映像作品を作ってみたいという思い。発想をして、想像をして、それを形にする方が楽しいかもしれない。そう考えたニーナさんは、帰国後、映像制作の専門学校に入学。映像だけでなく写真の撮影やレタッチについても興味を持ち、プロの持つスキルについても自分から学んでいった。さらに現場で通用する高いレベルの技術を求めて、2年目からは映像制作会社にアルバイトとして入ったのであった。
こうして三人は、同じ映像制作会社で出会ったのである。
入社した時期は別々であったが、ほとんど同期の三人はディレクターとして同じ部署で働くことになった。仕事はディレクション業務だけではなく、撮影や編集をすることも多々あり、三人それぞれが別々の案件を担当していても助け合いながら制作を進めていった。仕事だけでなくランチも一緒に行き、いい作品を作るためにはどうすればいいかなど意見を交わしていた。「三人それぞれ考え方が違うんですけど、めざす方向が一緒だったんです」と吉村さんは当時を振り返り、ニーナさんも「気持ちのチームワークが生まれていました」と笑顔で語った。
三人で何か作品を作りたいという思いから、いつしか三人で働きたいという思いがそれぞれに芽生えてきたが、独立に踏み切ることに対しては悩んでいた。嶋田さんとニーナさんの気持ちが固まってきたある日、三人で食事をしているときに吉村さんが「三人でやりたいたいって、もし二人が思っているなら、僕もやりたい」と告げた瞬間、ニーナさんと嶋田さんの目からは大粒の涙がこぼれていた。こうして、2019年の冬、三人は「合同会社Cinergia」を設立し、独立をしたのであった。
独立直後から新型コロナウイルスの世界的な流行によって活動を制限されてしまったことで焦りもあったが、吉村さんはシネジアにとって基礎固めの大切な時期になったと振り返る。独立の際にODPのインキュベーションオフィスに入所したことで、補助金の情報や申請書類の提出、経理や税務に関することなどのアドバイスを活用し、会社として活動していくための基礎を固めることができたのである。
また、会社の基礎だけでなく、チームとしての結束も固められた。めざしている方向は同じであっても、本来持っているクリエイターとしての気質は三人ともバラバラである。「自分の撮る対象、背景、人、衣装、サイズ、流行、そういったことを詳細にイメージし、それらの意味を常に考えています」と言うニーナさんは、撮影現場ではいくつもの作業を同時に進めることが得意。しかし、嶋田さんは全く逆で、一つのことに徹底的に時間をかけてこだわりながら制作を進めるタイプである。「画面構成の中でエネルギーの流れが見えるんです。それを感じながら気持ちのいい構図にたどり着くまでにどうしても時間が必要なんです」と嶋田さんは自身の仕事のこだわりを語る。吉村さんは「何かを作り上げるというより、人に喜んでもらいたい気持ちが強くて。それはクライアントさんもそうなんですが、二人に対してもそうなんです」と言う。嶋田さんが時間をかけたいということに対しても、それを理解しているからこそスケジュールを調整する。時間が掛かっても映像の1フレーム単位にまでこだわる丁寧な作業が大きな差を生み出すのである。
徹底的にこだわり続ける中で、衝突は必ず生まれてしまう。自主制作グループではなく会社として映像制作を行っている以上、誰かが編集して形になったものに対して、気になる箇所や思ったことは正直に発言する。三人で画面を何時間も睨み、ちょっとした動きや色味、持たれるかもしれない印象やテロップの文字組みなど、全員が腑に落ちるまで話し合い、改善を重ねていく。「こういうことがお互いに気を遣って言えなくなったら終わりだと思うし、クリエイターとしても終わりだと思います」という吉村さんの言葉に、嶋田さんとニーナさんも深く頷いていた。
現在は、依頼を受けての映像制作だけでなく、企業に対して企画の持ち込みも積極的に行っている。ただ依頼を受けて言われた通りの映像を制作するだけの会社ではいたくない。どのような案件であっても、しっかりとしたヒアリングをして、企画を考えて提案する。さらに、映像を通してその企業が持っている良さや強み、空気感までも伝えるためのブランディングを提案していきたいと考えている。実際に、堺市にある体験型農業公園「ハーベストの丘」に企画を持ち込み、パンフレットの撮影案件を獲得。現在も信頼し合える関係を築いている。
また、エポック社の子供向け玩具である「シルバニアファミリー」の映像コンペに出展し、賞は逃したもののYouTube用の広告として使いたいと打診を受けたのである。現在、広告用に編集されたものが配信されている。それ以外の制作案件や企画も精力的に動かしている。
左:お正月年賀動画の撮影シーン/右:シルバニアファミリーの映像コンペ出展作品
将来的には広告や企業のブランディングだけでなく、アート作品や映画の制作にも手を広げていきたいと嶋田さんとニーナさんはさらなる意欲を見せる。そして吉村さんは、その二人の夢を実現させることが自分の夢だと言う。
最後に「Cinergia」という社名に込められた意味を嶋田さん教えてもらった。「三人で社名について話し合っている時に、三人にはお互いに足りている部分と足りていない部分があるから、それが『相乗効果』を生み出すんじゃないかと考えて。英語で言うと『シナジー』なんですが、ニーナが「ラテン語で『シネジア』だよ」と提案してくれて。綴りに映画のCinemaを掛け合わせて「Cinergia」になったんです」。そう話す嶋田さんに続けてニーナさんが「10分で決めました」と言い、三人で笑い合う。これまでもそうしてきたように、三人で語り合い、三人で意見を出し合い、三人でぶつかり、三人で映像を作り、三人で高みをめざし、そしてやっぱり最後は笑い合うのだ。ニーナさんが何度も口にする「ハッピーエンド」に向かって。
クリエイターズボイス公開日 : 2020年8月3日
取材・文 : 大西 崇督(37+c)